セルフ・カウンセリング
自分の心に出会えるメルマガ


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セルフ・カウンセリング
♪ 自分の心に出会えるメルマガ ♪
( ”イライラ””モヤモヤ”が解消できる!)
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第 53 号 2009年 5月 15日
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みなさん、こんにちは。

「セルフ・カウンセリング ♪自分の心に出会えるメルマガ♪」をお読みいただきありがとうございます。

みなさんは、セルフ・カウンセリングという言葉を耳にしたことがおありですか?
これは、渡辺康麿氏が創案した、書いて読む、一人で出来る自己発見法です。

私たちは、このセルフ・カウンセリングを学んでいるグル-プですが、みなさんにも、ぜひ、この方法をお伝えしたいと思い、 同氏の著書を連載することにいたしました。

楽しくお読みいただけたら幸いです。

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連載になっております。興味のある方は、バックナンバーからお読みいただくとわかりやすいと思います。
   1〜22号   「自分の心に出会える本」より
   23号〜    「自己形成学の創造」より
   32号〜 新連載「セルフ・カウンセリングの方法」より

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人は、生まれてから今に至るまでの人生の中で、いろいろな経験をします。
そして、その経験を通して、「こうしなければならない」とか「こうあらねばならない」とかいうその人なりのモノサシを形作っていきます。

自分の生い立ちを振り返ることによって、無意識に取り込んできたそのようなモノサシに気づき、 そのとらわれから自由になっていく方法を自己形成史分析といいます。

セルフ・カウンセリングという方法は、このような、自己形成史分析という自己探求の方法が基礎になっています。

☆★☆セルフ・カウンセリングとは?☆★☆

セルフ・カウンセリングでは、自分が経験した日常生活のある時の場面を書きます。
家庭や学校、職場での場面など、どのような場面でもかまいません。
テレビを見た時、本を読んだ時、一人で考えている時など、相手がいない場面も大切な題材になります。
もちろん文章の上手・下手はまったく問題ありません。
専門知識も必要ありません。
自分が見たこと、聞いたこと、思ったこと、言ったこと、したことを、時間の順にそのまま書くと、リポートになります。
まず、自分が何を悩んでいるのかわかります。
その悩みの奥に、どのような願いがあるのかわかります。
そして、相手の気持ちがわかります。
そうすると、自分と相手の気持ちを尊重しつつ、心を通わせてゆくための知恵が生まれます。
人間関係のすべてに共通する心のからくりを、自分の経験を通して学ぶことができます。

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第32号より、セルフ・カウンセリングのプログラムに取り組み、 新たな自己発見をした方々の、体験談を紹介していきます。

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「セルフ・カウンセリングの方法」 渡辺康麿著 より抜粋
(vol . 22 )

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ー セルフ・カウンセリング ケーススタディ 11 ー
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タイトル「上司と衝突して心の崩壊が・・・」   [男性・31歳]
          ( ケーススタディ11 − 後半 )

前号からの続きですので、 バックナンバー52号からお読みいただくとわかりやすくなっています。

【場面記述を読み返して】

☆★☆ 軽蔑していた相手に頼っていた ☆★☆

過去の出来事をもう一度見つめ直し、自分の気持ちを書き表したことで、いくらか心が軽くなりました。
上司を「化石]とまで思っていたことが自覚できて、スッキリしました。
ふだん口でしゃべっている限り、なかなかそこまでは言えません。
酒に酔って上司の悪口を言うことはありました。
でも、そうやって言ったてことは、大方忘れてしまいます。
だから発散はできても解決には結びつきません。
しかしこうやって文字で書いてみると、今まで見えなかった自分の姿が現れてきます。
場面記述をじっくり読み返して、私は鹿野氏に何を伝えたかったのだろうか、と自分に問いかけてみました。
まずは、当該商品は時代遅れであり、もう売れる見込みがないということを伝えたいと思っていました。
時代にウケるセンスは自分のほうが相手よりずっと上だという自負があり、時代遅れの上司を見下ろしていました。
それは、〈わからせなくちゃ〉〈わかれよ〉という心のセリフに現われていると思います。
そして上司は、もっと私を生かす仕事を与えるべきだという思いがありました。
さらに場面記述を繰り返し読んでいくと、一方では自負しながら、もう一方では自分が揺らいでいたということが見えてきました。
〈俺のやり方に不備があるというのか〉と私は思っています。
売上げが伸びないのを、私は自分のせいだと思いたくなかったのです。
また、上司に対して、〈私としては、精一杯やってきたことをわかってほしい〉と思っていたということに気付きました。
化石だと軽蔑しつつ、その上司に私は認められたかったのです。
軽蔑していた相手に頼っていたのは、私にとってとてもショックな発見でした。
自分は自己評価、自己管理できる人間だと思っていましたが、実際には相手の評価に依存していたのです。
外資系だからか、わが社の評価システムは合理的にできています。
シビアです。
端末から弾き出される数字(業務成績)がすべてです。
人は、数字で切られていきます。
どのくらい、どのようにがんばったとか、その人の人柄(いわゆるいいやつかどうか)とかは、ほとんどどうでもよく、要するに結果。
プロセスではなく、結果で勝負する世界なのです。
それはそれで、現実として受けとめていくしかありません。
ただ、そういう中にいて、いつのまにか会社が私を見る見方で、自分でも自分をみるようになっていたということに気づかされました。

☆★☆自分は何を信じて生きてきたのだろう? ☆★☆

会社が私を見るように、自分でも自分を見ていたということに気づいたとき、これまでの自分は何を信じて生きてきたのだろうと思いました。
小学生時代・・・・・友だちがすべてだった「やればできるはずなのに」という母親の期待が負担でした。
〈やってできなかったら、どうしよう〉と思いました。
親の期待という重荷から逃れたいのと、やっぱり学校の勉強より外で友だちと遊ぶほうがおもしろいということから、遊び惚けていました。
親はありのままの自分を認めてくれないけど、友だちなら認めてくれると信じていました。
中学時代・・・・・友だち関係での挫折があった。
友だちが暮らすの仲間に自分の悪口を言いふらしていると知り、ショックを受けました。
〈もう誰も信じられない。
勉強なら自分がやることだから、自分を裏切らないだろう>と思って、ひたすら勉強に打ち込むようになりました。
高校時代・・・・・勉強での挫折があった。
大学受験が迫った頃、自分の学業能力に限界を感じました。
〈どんなにやっても、僕よりできるやつはいるのだ。〉と悟りました。
それでも何とか一流と言われる大学に合格しました。
大学時代以降は、自己実現に燃えました。
学校では教えてくれないような独自な能力を身につけて、世の中をアッと言わせるような事をしたいと思いました。
感性、創造性、新しい発想、相手を説得するパワー・・・・・
それらを武器に業績を上げたい、成功して自分を裏切ったものを見返してやる、と思いました。
このようにふり返ってみると、私はいつも何かにしがみついていました。
友だち、勉強、仕事の業績・・・・・と。
〈これこそが自分の値打ち〉と信じ込んでは、〈裏切られた〉と思っていたのです。
今回、仕事で挫折しただけで何も信じられなくなったのは、そこに私が、自分の値打ちをかけていたかったからです。

☆★☆相手も私も同じだったのだ。☆★☆

ところで、相手はどうだったのか。
最初は、〈年をとるにつれて自己中心的になるのだ〉としか思えませんでした。
しかし今は、相手もやはり自分の業績が欲しかったのではないかと思います。
マネージャーは来年、定年です。
会社にいる間はマーケティングの頭であっても、退職したら単なるじいさんです。
うちの会社には特例というのがあって、ライン(出世コース)に乗り、社に貢献した人は定年が延びます。
マネージャーは定年を目前に、実績を作って生き残りたかったのかな、と思います。
家のローンも残っていると聞いたことがあります。
それで何とかして、会社にしがみつこうとしたのではないでしょうか。
そして、私ならやってくれると期待したのかもしれません。
また、『俺たちの頃は』という口癖と、それにつづく一連の昔話ですが、〈よくやってきたと認めてほしい〉というマネージャーの思いがあるのではないかと思います。
そうだとすると、〈業績を上げて会社から評価されたい〉とか、〈自分という人間を、まわりの人に認められたい〉とか、 相手も私と同じようなことを願っていたということです。
マネージャーと私の食い違いというのは表面的なもので、深いところでは共通していたのだなぁ、とわかりました。
このことを実感したとき、人に対する恐れとか敵意とかが、スゥーと消えたように感じました。
このところ安定剤がいらなくなりました。
近々、私は仕事に復帰します。

ケーススタディ 11 おわり

次回は、ケーススタディ11「自分は何を目的に生きてきたのか」を2回に渡ってお送りいたします。

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