セルフ・カウンセリング
自分の心に出会えるメルマガ


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セルフ・カウンセリング
♪ 自分の心に出会えるメルマガ ♪
( ”イライラ””モヤモヤ”が解消できる!)
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第 99 号 2011年 4月 15日
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みなさん、こんにちは。
「セルフ・カウンセリング ♪自分の心に出会えるメルマガ♪」をお読みいただきありがとうございます。
みなさんは、セルフ・カウンセリングという言葉を耳にしたことがおありですか?
これは、渡辺康麿氏が創案した、書いて読む、一人で出来る自己発見法です。
私たちは、このセルフ・カウンセリングを学んでいるグル-プですが、みなさんにも、ぜひ、この方法をお伝えしたいと思い、 同氏の著書を連載することにいたしました。
楽しくお読みいただけたら幸いです。


連載になっております。興味のある方は、バックナンバーからお読みいただくとわかりやすいと思います。
  1号〜    「自分の心に出会える本」より
 23号〜    「自己形成学の創造」より
 32号〜    「セルフ・カウンセリングの方法」より
 62号〜 新連載「自分って何だろう‐現代日本人の自己形成‐」より



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人は、生まれてから今に至るまでの人生の中で、いろいろな経験をします。
そして、その経験を通して、「こうしなければならない」とか「こうあらねばならない」とかいうその人なりのモノサシを形作っていきます。

自分の生い立ちを振り返ることによって、無意識に取り込んできたそのようなモノサシに気づき、 そのとらわれから自由になっていく方法を自己形成史分析といいます。

セルフ・カウンセリングという方法は、このような、自己形成史分析という自己探求の方法が基礎になっています。

☆★☆セルフ・カウンセリングとは?☆★☆

セルフ・カウンセリングでは、自分が経験した日常生活のある時の場面を書きます。
家庭や学校、職場での場面など、どのような場面でもかまいません。
テレビを見た時、本を読んだ時、一人で考えている時など、相手がいない場面も大切な題材になります。
もちろん文章の上手・下手はまったく問題ありません。
専門知識も必要ありません。
自分が見たこと、聞いたこと、思ったこと、言ったこと、したことを、時間の順にそのまま書くと、リポートになります。
まず、自分が何を悩んでいるのかわかります。
その悩みの奥に、どのような願いがあるのかわかります。
そして、相手の気持ちがわかります。
そうすると、自分と相手の気持ちを尊重しつつ、心を通わせてゆくための知恵が生まれます。
人間関係のすべてに共通する心のからくりを、自分の経験を通して学ぶことができます。


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「自分って何だろう 〜現代日本人の自己形成〜」

渡辺康麿著 より抜粋

(vol . 38)


子どもたちのSOS
ー 不登校 ー


□子どもの抵抗□

親が不安にかられて子どもを学校へ行かせようと試みている間、一般的に見て、子どもは親の試みにどのように反応するでしょうか。
すでに述べたように、学校へ行かせようとする親の試みは、学校へ行ってない子どもにとっては、 親から「学校へ行かないおまえはダメなヤツだ」と言われていることと同じ意味を持ちます。
それゆえ、子どもは、親を自分の存在価値をおびやかす者として受けとめます。
そして、自分の存在価値を守るためにさまざまな抵抗を試みます。
まずはじめに、親がいろいろ問いかけても何も答えなくなります。
ただ単に答えたくないというだけではなく、答えられないということも多いのです。
たとえば、親から「どうして学校へ行かないのか」と聞かれても、答えられないのです。
ただひたすら、学校へ行くのがイヤなのですから・・・・・。
それでもなお親から問われつづけると、子どもは仕方なく理由になりそうなことを数えあげます。
ましてや、学校へ行かなくなってすぐに、親から「これからどうするつもりだ」と聞かれても、子どもにとって答えようがないのです。
親が子どもの顔を見るごとに学校のことを持ち出すと、子どもは親と顔を合わせるのを避けるようになります。
食事の時も親と口を聞かず、親から顔をそむけて食べたりします。
また、親がいない時を見はからって台所にきて、ひとりで食べたりします。
なかには、部屋に閉じこもりきりになり、食事も自分の部屋に持ってきて食べる子もいます。
親が子どもの部屋にまで入り込んで、学校のことについてあれこれ言うと、子どもは自分の部屋に鍵をかけたり、自分の部屋のドアの前にバリケードを築いたりします。
守りから攻めに、消極的抵抗から積極的抵抗に転ずる子もいます。
親が学校のことにふれると、険しい目つきでにらみつけたり、「うるせえ!黙れ!」とか「死んでも学校へなんか、行かねえ!」などと、どなったりします。
それでも親が言いつづけると、親につかみかかったり、親を突きとばしたりします。
そこらにある物を手あたりしだいに投げつけたり、テーブルをひっくり返したりすることもあります。
いずれにせよ、子どもにとっては、自分の存在価値をおびやかす親に対する、自衛のための非常手段だと言うことができるでしょう。
窮鼠かえって猫を噛むという諺があてはまります。
しかし、ある程度自主性のある子は、親が学校へ行かせようと試みないかぎり、親に乱暴をはたらくようなことはありません。
親が、学校へ行かないままの自分を受け容れてくれていると感じると、親に自分から話しかける子もいます。
むろん、親が学校のことを持ち出すと、すぐに貝のように口を閉ざしてしまいますが・・・・・・。
自主性が充分に発達していない子は、しばしば自分より力の弱い弟や妹にいやがらせをします。
たとえば、テレビのチャンネルを独り占めしたり、いや味を言ったりします。
学校にちゃんと行けている弟や妹にねたみを感じるからです。
幼児性が残っている子は、自分の欲求不満に耐えられなくなって、自分より力の弱い母親にあたることで、ウップンばらしをします。
たとえば、母親に一日中つきまとって「どうしたらいいんだよう!どうしたらいいんだよう!」としつこく訴えつづけたり、 「みんなおまえのせいだぞ!どうしてくれるんだよう!」と責めつづけたりします。
なかには、母親が寝ている枕許にまできて、言いつのる子もいます。
「バカ」とか「ブス」とか母親の悪口を言いつづける子もいれば、「首吊って死んでやる」とか「こんな家なんか火つけて燃やしてやる」などと言って 母親をおどかす子もいます。
外から見ていると、まるで、母親を苦しめること自体を目的としているかのように見えます。
私とのカウンセリングで、ある子はこう言いました。
「オレがこんなに苦しんでいるんだから、こんなふうにしたオフクロが苦しむのは当然だ」と・・・・・・。
子どもの欲求不満が高じて、その緊張に耐えられなくなり、爆発するのが家庭内暴力です。
むろん、この破壊的な行動の背後には、家族に対するいやがらせも入っています。
しかし、自分でも自分をどうしていいのかわからず、絶望にかられてとる行動だと言ってもよいでしょう。
たとえば、椅子や机を片っぱしからひっくり返したり、タンスからありとあらゆる洋服や着物をひっぱり出して外に放り出したり、 家中の窓ガラスを叩き割ったり、壁やじゅうたんをナイフで切りつけたりします。
なかには、ノコギリを持ち出して、柱を切ろうとした子もいます。
親から見ると、子どもが突然気がふれておかしくなったのではないかと思えます。
子どもは学校へ行きたくても行けない自分への絶望感と、その自分をどうすることもできない家族への敵意にかられて、 半狂乱のような状態におちいっていると言ってよいでしょう。
親がこの子どもの破壊的な行動を抑えつけようとすれば、かえってそれはエスカレートしてゆきます。
しかし、決して子どもは気がふれておかしくなったわけではありません。
どこかに理性が残っているのです。
たとえば、洋服や着物を片っぱしから外に投げ出しても、さしあたって自分が着る洋服は残しておくとか、 窓ガラスを割る時は自分の手がケガをしないように棒を使って割るとか、 割るガラスも自分の部屋の北側のガラスは割らないでおくとかというようにです。

つづく・・・

次回は「再び学校に行くまで」をお送りいたします。
どうぞ、お楽しみに!

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