セルフ・カウンセリング
自分の心に出会えるメルマガ


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セルフ・カウンセリング
♪ 自分の心に出会えるメルマガ ♪
(”イライラ””モヤモヤ”が解消できる!)
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第 309 号 2020年 1月 15日
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みなさん、こんにちは。

「セルフ・カウンセリング ♪自分の心に出会えるメルマガ♪」をお読みいただきありがとうございます。

みなさんは、セルフ・カウンセリングという言葉を耳にしたことがおありですか?

これは、渡辺康麿氏が創案した、書いて読む、一人で出来る自己発見法です。

私たちは、このセルフ・カウンセリングを学んでいるグル-プですが、みなさんにも、ぜひ、この方法をお伝えしたいと思い、 同氏の著書を連載することにいたしました。
楽しくお読みいただけたら幸いです。


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連載になっております。興味のある方は、バックナンバーからお読みいただくとわかりやすいと思います。
  1号〜「自分の心に出会える本」
 23号〜「自己形成学の創造」
 32号〜「セルフ・カウンセリングの方法」
 62号〜「自分って何だろう‐現代日本人の自己形成‐」
136号〜「大人の自己発見・子どもの再発見」
176号〜「自分を見つける心理分析」
286号〜 新連載「避けられない苦手な人とつきあう方法」

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人は、生まれてから今に至るまでの人生の中で、いろいろな経験をします。

そして、その経験を通して、「こうしなければならない」とか「こうあらねばならない」とかいう その人なりのモノサシを形作っていきます。

自分の生い立ちを振り返ることによって、無意識に取り込んできたそのようなモノサシに気づき、 そのとらわれから自由になっていく方法を自己形成史分析といいます。

セルフ・カウンセリングという方法は、このような、自己形成史分析という自己探究の方法が基礎になっています。


☆★☆ セルフ・カウンセリングとは? ☆★☆


セルフ・カウンセリングでは、自分が経験した日常生活のある時の場面を書きます。

家庭や学校、職場での場面など、どのような場面でもかまいません。

テレビを見た時、本を読んだ時、一人で考えている時など、相手がいない場面も大切な題材になります。

もちろん文章の上手・下手はまったく問題ありません。
専門知識も必要ありません。

自分が見たこと、聞いたこと、思ったこと、言ったこと、したことを、時間の順にそのまま書くと、リポートになります。

まず、自分が何を悩んでいるのかわかります。
その悩みの奥に、どのような願いがあるのかわかります。

して、相手の気持ちがわかります。

そうすると、自分と相手の気持ちを尊重しつつ、心を通わせてゆくための知恵が生まれます。

人間関係のすべてに共通する心のからくりを、自分の経験を通して学ぶことができます。

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「避けられない苦手な人とつきあう法」
渡辺康麿著  より抜粋
( vol . 24 )
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― 第三章 ―
避けられない家庭の人間関係
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ー 嫁 → 義父 ー
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伊藤かおり [30代女性]

☆★☆セルフ・カウンセリングとの出合い☆★☆

7年前、私は、主人の家族との同居生活に、息苦しさを感じていました。
溶け込めない空気のなかで、仲良く暮らしていくには、どうしたらよいのか悩んでいました。
二世帯住宅を建てて、ローンを抱え、後戻りすることはできませんでした。
上手にやっていかなくては、という強い思いがありました。
しかし、そういう思いが負担となって、私は、ストレス性のアレルギー皮膚炎になっていきました。
同居して、3年目のことでした。
病気をしたことで、初めて、〈私にとって、同居はつらいことなのだ〉と実感しました。
そして、このつらさをどうにかして乗り越えたいと思いました。
そんな時、セルフ・カウンセリングに出合いました。

☆★☆ノーと言えない私☆★☆

基礎科での自己探求から、義父母に対して、ノーと言えない私の姿が見えてきました。
義父母の頼み事は、何でも引き受けていました。
私は“義父母の役に立っている”と思うことで、自分の存在価値を確かめていました。
その確かめ方は、私の両親とのかかわりからくるものだと気づきました。
私は、小学生の時、家の手伝いを、率先してやっていた記憶があります。
親の機嫌を損なわないように、一生懸命手伝いをしていました。
表面は、積極的に行動しているのに、心のなかでは、文句を言われたくない一心でした。
私は、親の役に立つことで、自分を評価してきたことに気づきました。

【研究動機】

☆★☆父とのかかわり☆★☆

研究科に進み、引き続き、主人の家族との同居生活の問題を探求していこうと思いました。
これまで、義母、義妹のことは、探求してきましたが、義父とのことは、取り上げていませんでした。
そこで、義父との出来事を取り上げることにしました。
それは、義父から「出て行ってもらって構わないよ」と言われた場面です。
この言葉を聞いた時に、私の頭の中は、真っ白になっていました。
この家から出たら、私に悩みは全て解決すると思っていたのに、なぜか、でていくことはできませんでした。
この言葉を聞いた時の私の気持ちを探求してみようと思いました。

☆★☆二世帯住宅に軋轢☆★☆

日時  :1993年12月26日(日)7時30分
場所  :自宅の親世帯の居間
登場人物:義父(67歳)義母(68歳)主人(38歳) 
     義妹(27歳)私(34歳)

義父は、新聞の広告を捨てるのが面倒という理由から、新聞屋さんに、広告を入れないで配ってもらっていました。
しかし、義父は、たびたび広告の入っている私たちの新聞を、ポストから持っていきました。
私は、朝から広告を貰いに義父のところに行きました。
このようなことがたび重なるにつれ、私の気持ちは怒りへと、変わっていきました。
私は、主人に「どうにかしてほしい」と頼みました。
主人から義父に、ハッキリと言ってもらえば、問題は解決すると思っていました。
ところが、主人が義父のところに行ったら、取っ組み合いのケンカとなりました。
主人は「なんで分からないんだよ」と叫んでいました。
義父は「お前の言っていることは、全然分からない」と叫んでいました。
私は、取っ組み合っている主人と義父の様子を見て、側にいた義母に「一緒に暮らさないほうがいいですね」と呟いていました。
翌日の朝、主人を会社に送りだして、2階へ上がろうとした時、義母に呼び止められました。
話があるからと、親世帯の居間に入った時の出来事です。

【場面記述】

義父は「こっちも平和に暮らしたいからさ、出ていってもらって構わないよ」と言った。

義母は「そうよ」と言った。

私は〈昨日、私が言ったことの先手を取るつもりなのかな。
『出ていきます』と言われるより、『出ていっていいよ』って、言いたいんだ。
自分たちが訳の分からないことして起こした騒ぎなのに、全然分かっていない。
こんな大事なこと。
息子に言えばいいのに、どうして私に言うの。
謝ることは、絶対しないんだ。
私なりに一生懸命やってきたけど、こんな言葉が返ってくるんだ。
二世帯住宅を建てて、ローンを抱えている私たちに、そんなこと言うんだ。
親だから謝ることはできなくても、仲良くやっていこうぐらいは、言ってもらえると思っていた。
息子には言えないことも、私には平気で言うなんて、寂しいな。
私は何のために、ここにいるんだろう〉と思った。

☆★☆次第に苦しくなって☆★☆

最初、10文だった心のセリフは、探求を深めるにつれ増え、38文になりました。
さらに自分の感情に注目して見つめていくと、記述は、220文になりました。
義父に言われた時には、言えなかった私の思いが、自問自答することによって、ふくらみました。
私の心のなかに詰まっていた不満が、記述文にあふれていました。
今まで、無自覚だった義父母に対する不満を、探求するたびに、自覚せざるを得なくなりました。
私の気持ちが大きく揺れているのが分かりました。
欲求分析に進んで、50文を過ぎた頃から、欲求を取り出すことができなくなりました。
私→私の欲求として“家を出ていきたい”“同居生活をやめたい”などが取り出されると、 背後に流れている私の思いが溢れてきました。
義父母との生活を続けながら、ありのままの自分の気持ちに向き合うことが苦しくなってしまいました。
一方で、早く探求を仕上げたいという焦りもありましたが、とりあえず、自己探求から離れることにしました。
そして、セルフ・カウンセリング講師としての活動を続けながら、一年後に、この場面を、再び、取り上げることができました。

☆★☆苦しさの意味が分かった☆★☆

141番目の記述文は、〈親の言うことは、聞き入れられることはなるべく、文句を言わずに聞こうと思っていた>という心のセリフでした。
この感情として“辛抱する感じ”という表現が出てきました。
この時、私は胸につかえていたものが、取れたように感じました。
この胸のつかえは、子どもの頃から感じていたものでした。
もちろん、同居の中でも、感じ続けていたものでした。
口をぐっと閉じて、息を止めている息苦しい感覚を、この感情を表現した時に、はっきりと実感しました。
私は仲良く暮らしていくために、自分の気持ちを抑えて、義父母に従って生きてきたんだなぁと思いました。
このような実感を体験して、ようやく、記述に添った感情、欲求が取り出せるようになりました。

☆★☆三つの感情や欲求への気づき☆★☆

最後に、対自と対他の関連表という用紙に、取り出した感情や欲求を書き込みました。
そして、できあがった表を眺めてみました。
すると、私自身の欄からは、同居生活に対する私の不安な思いが流れているのを感じました。

以下、次号(後半)へつづく・・・

・・★・・ 編集後記 ・・★・・

2020年、今年もメルマガをご購読頂き、ありがとうございます。
新しい年の始まり、どのようにお迎えでしょうか。
年の始まりのとき昨年を振り返り、今年の過ごし方を考えるときゆっくりと考える機会になるかもしれません。
春を待つ冬という季節に家庭で、学校で、仕事先で落ち着いた時をもち 思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
ちょっと立ち止まって、自分の気持ちを、出来事を通して振りかえってみてはいかがでしょうか。
目まぐるしく過ぎてゆく生活の中で、息を抜く時間を大切にしたいものです。
皆さまとご一緒に考える機会となれば、嬉しく思います。
ご一緒に考えてまいりましょう。
お身体お大切に、今年もよろしくお願いいたします。

次回を、どうぞ、お楽しみに!

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