セルフ・カウンセリングでは、自分が経験した日常生活のある時の場面を書きます。
家庭や学校、職場での場面など、どのような場面でもかまいません。
テレビを見た時、本を読んだ時、一人で考えている時など、相手がいない場面も大切な題材になります。
もちろん文章の上手・下手はまったく問題ありません。 専門知識も必要ありません。
自分が見たこと、聞いたこと、思ったこと、言ったこと、したことを、時間の順にそのまま書くと、リポートになります。
まず、自分が何を悩んでいるのかわかります。
その悩みの奥に、どのような願いがあるのかわかります。
して、相手の気持ちがわかります。
そうすると、自分と相手の気持ちを尊重しつつ、心を通わせてゆくための知恵が生まれます。
人間関係のすべてに共通する心のからくりを、自分の経験を通して学ぶことができます。
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「避けられない苦手な人とつきあう方法」
渡辺康麿著 より抜粋
( vol . 37 )
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─ 第五章 ─
避けられない友人関係
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ー 友人 ー
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タイトル「見下す友人に言い返したい」(後半)
菅野真弓 [40代女性]
前号からの続きですので、バックナンバー321号からお読みいただくとわかりやすくなっています。
【再々記述をしての発見】
☆★☆怒りの気持ちをつきつめて☆★☆
再記述を重ねるたびに、私は腹が立ちました。
そして、Aさんに対する非難、不満、抗議の心のセリフが増えました。
〈確かに、私も大人気ないかもしれないけれど、Aさんにもこんな欠点があるじゃない。
だから、私だけ責めないでよ〉といわんばかりの心のセリフが、次々と出てきました。
そこから見えてきたのは、お互いに、本当の気持ちは、伝えあっていなかったのではないか、ということでした。
私の本当の気持ちは、“二人だけでもっと話がしたい”ということでした。
でも、それをハッキリ口に出せば、また、大人気ないと指摘されると思っていました。
“大人げない”と言われることを恐れて、「運転手の気持ちなんて、どうでもいい」と言ったのだと思います。
この言葉に対しても反撃されるだろうことは分かっていましたが、“大人気ない”といわれるよりは、ましだったのでしょう。
私は、Aさんに“大人気ない”といわれることを、とても恐れていることに気づきました。
一方、Aさんは、この時、私とではなく運転手と話がしたかったのでしょう。
でも、ハッキリ言えば、私に避難されると思い、「他人の気持ちがよく分かる」という言葉を使ったのでしょう。
それを私は、“他人の気持ちが分からないような人は大人じゃない”と責められたと受け取ったのです。
ここでも、私はAさんに“大人気ない”と思われることを恐れている自分に気づきました。
この頃になると、記述を読み返しても、腹立たしさは感じなくなりました。
思いっきり、心のセリフを書いたことと、二人の欲求が分かったことで、落ち着いてきたのでしょう。
“Aさんは、誰とでも自由に話すことを、束縛されたくなかっただけなんだな”と思えてきました。
☆★☆ それだけのことだった ☆★☆
自分欄の欲求の流れを見ていくと、私自身の欲求は“反論しない”から“言っても仕方ない”と変化していました。
感情は、我慢から、諦めの方向に進みました。
私は、Aさんに不満を抱きつつも、Aさんに対立することや拒絶されることを恐れていました。
Aさんに嫌われたくないし、受け入れてほしいという思いが強くて、言いたいことが言えなかったことに気づきました。
Aさんに対する欲求としては、私の気持ちを分かってほしい、考えてほしい、察してほしい、などが多く並びました。
この欲求を見て、変だなと思いました。
なぜなら、私は、今までAさんは、誰よりも私の気持ちを分かってくれていると思っていたはずだからです。
いまさら、私の気持ちを分かってほしいなどという欲求が取り出されるとは思ってもいませんでした。
もしかしたら、今まで全面的に信頼していると思っていたAさんは、私が頭のなかで作り上げた理想像だったのではないか、
と思えてきました。
理想像ゆえに、多くを求め過ぎ、甘えていたのではないか、とさえ思いました。
その理想像の存在に気づかなかったので、実像との差が、どんどん広がってきたのかもしれません。
理想像のようには、甘えを許してくれない実像のAさんに、絶対的信頼をもてなくなったのだと思いました。
また、気持ちを分かってくれるということに甘えて、Aさんの気持ちも私と同じだと、錯覚していたことにも気づきました。
結局、この場面は、私はAさんと話がしたかった、でも、Aさんは他の人と話がしたかった、それだけのことだったのだと分かりました。
付き合いが長く、親しさが深い分、Aさんとの間に自他境界線が引けていなかったことに気づきました。
☆★☆不思議な偶然☆★☆
この探究の終わりに近づいた頃、思いがけず、Aさんから長い手紙がきました。
ここ2年ほどの私について、気になったことが書いてありました。
私のことを、「世間知らずに思える」と、続けて、「本当の大人になるためには、暗いところ、怖いところを見つめ考えることが大切だ」、
さらに「自分は努力して、本当の大人になったので、怖いものはなにもない」と書いてありました。
そこも違う、あそこも違うと、私の思いや考えは、全部否定されていました。
でも、これを読んだ時、不思議なことに私は、以前のような感情がわいてきませんでした。
以前は、〈ああ、大人だな、偉いな〉と思うか、逆に<あーあ、また誰もが正しいと思うようなことを言っちゃって>と思うか、でした。
今回は、〈ああ、Aさんは、そう思っているんだな〉 とAさんの思いを素直に受けいれられました。
私は、返事として、Aさんの問いかけに応える形で、自分の思ったとおりを、素直に書きました。
“暗いところ、怖いところは見たくないという大人気ないかもしれない欠点も含めた、これが私です”という気持ちでした。
ありのままの自分が出せたなと思いました。
こんな私は嫌いだと言われたら、それでもいいなと思えました。
そして、これがセルフ・カウンセリングの成果だなと感じました。
何の評価もせず、受けとめるって、こういうことなのかな、とはじめて分かりました。
Aさんとは手紙のやりとりの後、会いました。
Aさんがどう思おうと、私は私なんだと思い、何の先入観もない20年前のように、軽い気持ちで会えました。
Aさんを取り上げた記述に、結論を出せるような形で、手紙をもらったことに感謝しました。
と同時に、この偶然を、とても不思議だなと思っています。
つづく・・・
次回は「避けられない友人関係」をお送りいたします。
どうぞ、お楽しみに!
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